【HSP】何もしていない日に、自己嫌悪してしまう理由
こんにちは、HSP社会福祉士のたくやです。
休みの日。
予定もなく、気づいたら一日が終わっていた。
動画を見て、スマホを触って、少し横になって。「今日は何もしていないな」と思いながら、夜になる。
体は休んだはずなのに、なぜか心は重い。
そして浮かんでくるのは、こんな言葉です。
「また無駄な一日を過ごしてしまった」
「何もできない自分ってダメだな」
でも、本当にそれは“怠け”なのでしょうか。
もしかしたらそれは、「ちゃんと生きようとしている人」にだけ起きる感覚かもしれません。
私はHSP気質で、これまで何度も「休んだはずなのに自己嫌悪する日」を繰り返してきました。
今回は、何もしていない日に自己嫌悪してしまう理由について、HSPの視点から、自分自身の感覚を整理するように書いてみようと思います。
👉「関連記事:本当は疲れているのに「まだ大丈夫」と言ってしまう理由」

何もしていない日ほど、自分を責めてしまう
HSPは、何もしていない日ほど自分を責めてしまいます。
ゴロゴロして一日が終わってしまった、SNSを見ると他人は充実しているように見える、周りと比べて自分は何もしていない。
休みのはずなのに、色々なことを考えすぎてしまい、自己嫌悪に陥ることも多いです。
HSPが「休むこと」に罪悪感を抱きやすい理由
常に周囲を基準にしてしまう
HSPは周囲を基準にしてしまうことがよくあります。
私もよく自分と他人を比べて落ち込んでしまいます。
SNSを見ると、充実したプライベートを過ごしていたり、仕事や勉強を頑張っていたりする人の投稿をよく目にします。
そんな人たちと比べて、何もせずに過ごしている自分はダメなやつだと感じてしまうのです。
自分が休んでいるうちに、周りに置いてかれているような感覚にもなります。
「価値=生産性」思考になりやすい
HSPは何かしていないと、自分の価値を感じにくいです。
完璧主義の人も多く、思ったようにできなかった、何もできなかった時間を過ごしてしまうと、自分を責めてしまいます。
成果がない日=ダメな日だと思いこんでしまうのです。
逆に充実した時間を過ごせた日は、非常に満足度が高いです。
私も予定通りに勉強ができた日、友人と楽しい時間を過ごせた日などはとても気分が良いのです。
ですが実際は、疲れていて何もできない日の方が多く感じます。
刺激に疲れているのに、それに気づきにくい
HSPは情報・人間関係・音・空気など、あらゆるものに敏感です。
学校や職場は刺激が多く、HSPにとってはかなり疲れやすいでしょう。
また、たとえ何もしていなかったとしても、刺激は常に受け取っています。
HSPは、気がつかないうちに消耗しているのです。
何もできなかった日は、“止まっていた”のではない
HSPにとって、何もしない日は心身の回復に必要な時間です。
あらゆる刺激に敏感なHSPは、その気質もあってかなり疲れやすいです。
疲れ切った心と体を休めたり、思考を整理したりすることなどは、何もしない日があるからこそできることです。
何もしない日を過ごすこと、実はそれがHSPにとって重要な時間だったのです。
👉「関連記事:疲れやすい人が、自分を守るためのセルフケア」

自己嫌悪する人ほど、実はもう十分頑張っている
何もしていないことで自己嫌悪に陥る人は、
実はもう十分頑張っています。
何もできなかったことを責めるということは、向上心がある証拠でもありますから。
先述した通りHSPには完璧主義の人も多く、ちゃんとしたい人だからこそ苦しくなってしまいます。
もう十分頑張っていると、自分を認めてあげられるようになることで、心置きなく休めるようになるかもしれません。
最近、少しだけ変わった考え方
私はよく何もしない日を過ごすことがありますが、それは回復日だと考えられるようになりました。
「HSPは疲れやすい」と言われる通り、必要な時間であり、決して無駄ではないと分かったからです。
HSPは疲れやすいだけでなく、共感性の高さや些細な変化の察知など、長所もたくさんあります。
それらの長所を活かすためにも、しっかり休む時間が必要なのです。
休むことは、止まることではなく「次に進むための準備」なのだと、今は思えています。
何もしていないことに罪悪感を感じている方へ、それはあなたが回復するために必要な時間であり、決して無駄な時間ではないと伝えたいです。
まとめ
何もしていない日に、自己嫌悪してしまう。
それは、怠けているからではありません。
むしろ、これまで頑張ってきた人ほど起こりやすい反応だと感じています。
HSPは、日常の刺激や人間関係の中で、目に見えないところでたくさんのエネルギーを使っています。
その消耗は、自分でも気づきにくいものです。
だから、何もできなかった日は「止まっていた」のではなく、見えないところで回復しようとしていた時間なのかもしれません。
自己嫌悪が出てくるのは、ちゃんと生きようとしている証拠でもあります。
本当に無関心な人は、何も感じないと思います。
「今日は何もできなかった」ではなく、
「今日は回復に必要な日だった」
そう思えたら、少しだけ心が軽くなるかもしれません。
何かを頑張れなかった日も、あなたの人生の一部で、ちゃんと意味のある時間です。
🌱もし今日がそんな一日だったなら、
どうか自分を責めすぎず、「よく生き延びたな」と言ってあげてください。
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