【HSP×福祉職×海外】ストリートチルドレンにジュースを渡した日。HSPの私が感じたこと
こんにちは、HSP社会福祉士のたくやです。
私は大学卒業後、四年間福祉職として働き、
その後「海外に挑戦したい」という気持ちから退職し、フィリピン留学へ飛び込みました。
留学中のある日、街中で一人のストリートチルドレンが私に近づいてきました。
私が持っていたジュースを指さし、
欲しそうにねだってきたのです。
驚きと戸惑いで一瞬固まりましたが、
「ジュースくらいなら」と手渡しました。
しかしその瞬間、周りにいた他の子どもたちの視線が一斉に私へ向き、期待の目で見つめられた気がしました。
その場を離れながら、
胸の奥に残ったのは“モヤッとした感覚”。
ジュースを渡した自分への罪悪感なのか、
何もできない無力感なのか…。
HSPとして、そして元・福祉職として、
色々な感情が入り混じりました。
あの日の出来事は、
今でも私の中に深く残っています。
この記事では、そのとき感じた正直な気持ちと、フィリピンの貧困問題から学んだことをお話しします。

ストリートチルドレンとの出来事
その日、私は教会に観光に来ていました。
観光客が集まることもあってか、
お土産や飲食物を売る人や、
ストリートチルドレン、
物乞いをするホームレスなど、
人がとにかく多かったです。
私は屋台でブルーベリージュースを購入し、
食べ歩きを楽しもうと思っていました。
すると、ボロボロの服を着た小さな子どもが私に近づいて来て、ジュースを指さし何か話しているのです。
英語ではなさそうだったので、
タガログ語とかですかね。
単純に私が聞き取れていないだけで、
もしかしたら英語だったかもしれません。
私は本当に驚き、戸惑い固まりました。
話には聞いてきましたが、
自分がストリートチルドレンと出会うとは思ってもみませんでしたから。
一人にお金を恵むと、どんどん他の子どもが寄ってくるとよく聞きますよね。
私はあげないほうが良いかなとも思いつつ、
ジュースならいいかと手渡しました。
ジュースを受け取ると、
子どもはすぐにどこかへ行ってしまいました。
すると、それを見ていた他の子どもたちが私の方に視線を向け始めました。
ジュースをあげた驚きと、
期待の眼差しだったと思います。
HSPの私はそのように感じ取りました。
お金等ねだられても困るので、
私はその場を去りました。
一分にも満たない出来事でしたが、
私の心には深く刻まれましたね。
👇️ ちなみにこのジュースを渡しました。

HSPの私が感じた「罪悪感と無力感」
私はほとんど考える間もなくジュースを渡しましたが、後から何かモヤモヤとした感情が湧いてきたのです。
その感情の正体は罪悪感や無力感だと思います。
ジュースを渡した子も、それを見ていた子たちも、身なりはボロボロで生活は苦しそうな様子でした。
ジュースを渡したところで、
根本的な解決にはなりません。
むしろ、子どもに物乞いの成功体験を与えてしまったのかとも思います。
とはいえ、生活がかかっている子どもたちにとって、物乞いは必要なことなのでしょう。
悪いことともいえないなとも思ったのです。
結局私にはどうすることもできません。
「不自由なく生活できる、私は恵まれている」
言葉で聞いてもそこまで響きませんが、
実際にこうした現状を目にすると、
心に突き刺さります。
それでも結局私は人間なので、
恵まれていても欲は消えないと思います。
綺麗事は言いたくありませんし、
自分の生活を捨ててまで何かしようとかそういったこともしません。
一方で、罪悪感や無力感のような感情が湧いたというのも事実なのです。
私は自分の生活に戻るだけですが、
こうした貧困問題のようなものが解決してほしいと思うのは本心です。
他力本願のような感じでさらに自分が嫌になる部分もありましたが、数日経った頃には気にも留めず日常を過ごしました。
実際、私たちにできることはあるのでしょうか。
フィリピンで感じた“支援の難しさ”
フィリピンではこうしたストリートチルドレンだけではなく、大人の方が同じように物乞いをする姿も見かけました。
ホームレスと思われるような方が非常に多いです。
私が印象に残っているのは、身体障害を抱えた車イスの方が物乞いをしていたことです。
支援してくれる家族等はいるのかなど、
その人のバックグラウンドが気になりました。
私は福祉職をしていた頃、
児童相談所で働いていたことがありました。
日本では街中でストリートチルドレンのような子がいれば、すぐに保護されるでしょう。
子どもに関して日本以上に厳しい国では、
子どもが一人で出歩くことが禁止されている国もあります。
障害についても子どもと同じように、何かしら支援が受けられる体制が日本には整っています。
少なくともフィリピンよりは確実に。
国によって支援体制は大きく違うことを改めて実感しましたし、フィリピンにはもっと支援が必要だと思いました。
けれどそこには、ただの一般人の私では想像のつかない難しさがあるのでしょうね。
何もできることはないのか?
では実際何もできないのかと言うと、
そういうわけでもなさそうです。
日本国内には、フィリピンへの支援を行うNPOが多数存在するようなのです。
支援の方法は様々かと思いますが、
一番分かりやすく簡単なのは募金でしょうか。
信頼のできる団体に募金するという形でなら、
私たちも誰かの助けになることができそうです。
よく多額の募金を行っている有名人の方のニュースを目にすることってありますよね。
そんな大金は出せないでしょうが、私もいつか自分に余裕ができたらしてみたいなと思います。
現状私は自分のことで精一杯で、他人のためにお金を使うことはそんなに多くありません。
けれど、本やSNSを通じて、年上の方や様々な経験をしてきた方のお話を見ていると、
他人のためにお金を使うことで自分も幸せになるといったような内容がよく書かれています。
私にはまだ想像できませんが、いつか他人に何かしてあげたい気持ちが大きくなるのですかね。
まだまだ人生これからだと思うので、自分の気持ちがどう変化していくのか楽しみです。

まとめ
フィリピンで出会ったストリートチルドレンとの出来事は、きっとこれからも忘れることはありません。
何もできることがないという“無力感”は、
福祉に関わってきた私にとって大きな葛藤を残しました。
海外には、
その国ならではの事情や背景があります。
私たちがその場で直接助けることが、
必ずしも最善でないこともあります。
だからこそ、現地の支援団体を通すなど、
「正しい形で助ける方法」を知ることが大切なのだと感じました。
HSPだからこそ気づいたこと。
福祉職として働いてきたからこそ、
心が動いた部分もたくさんありました。
いつか、本当に誰かの力になれるような、
そんな人生を歩めたらいいなと思います。
この経験が、自分の価値観を見つめ直すきっかけにもなりました。
🌱 繊細さを抱えるあなたへ
この記事が少しでも、心のどこかに届いてくれたら嬉しいです。

