【HSP×福祉職×海外】福祉の現場で英語が使えたら…と思う瞬間
こんにちは、HSP社会福祉士のたくやです。
私は大学卒業後に福祉職として四年間働いており、児童相談所で勤務した経験もあります。
児童相談所で働いていた頃、外国人の親御さんと面談をしたことがありました。
日本語があまり得意ではなく、通訳もいない状況。こちらの言葉が伝わらない、相手の気持ちも十分に理解できない——そんなもどかしさを感じました。
「助けたいのに、伝えられない。」
その瞬間、自分の中に“言葉の壁”が立ちはだかったように感じました。
HSP気質の私は、相手の表情や声のトーン、沈黙の間からも「何か伝えたいことがある」と感じ取ることが多くありました。
けれど、言葉という橋がなければ、その想いを受け止めることができない現実もある。
あの経験が、私の中で“英語を学びたい”という気持ちの種になったのかもしれません。
今回はそんな私の経験を元に、福祉の現場で英語が使えたらと思った瞬間についてお話していきます。参考になれば嬉しいです。
👉 「関連記事:児童相談所での親との関わり」

福祉現場での“言葉の壁”の現状
私は大学卒業後に公務員となり、福祉職として働き始めました。児童自立支援施設で三年間勤務した後に、児童相談所に配属されました。
私は児相で虐待の初期対応を担当していました。虐待、あるいはその恐れのある通報が入った際には、私の所属している班が対応します。保護者の方と話をする機会はとても多いです。
ケースによりますが、保護者との面談は非常に難しいです。そのうえ保護者の方が外国人だった場合には、言語の壁により面談はさらに複雑になります。こちらの言いたいことが正しく伝えられているか、相手の話していることを正しく理解できているか、慎重に確認しながら話を進めていく必要があります。
近年、外国人家庭が増加していることもあってか、私の管轄の地域では外国人のケースも比較的多いです。福祉の現場に英語の話せる職員はめったにいません。私たちはスマホの翻訳機能等を駆使して頑張っていました。
英語だけでなく、トルコ語やタガログ語を話す親御さんの対応をしたこともありましたね。私の管轄地域はトルコやフィリピンの方が多かった印象です。
言語の壁の最も怖いところは、誤解が生まれることです。支援が遅れたり、信頼関係が崩れたりする恐れがあります。
HSP気質の私は、相手の言葉だけでなく、表情や沈黙の空気感からも不安を感じ取ってしまい、その分“誤解の怖さ”がより強く心に残りました。
児相では記録のためAIの導入を検討するなどの新たな試みも行っていましたが、言語の壁はまだまだこの先も大きな障壁となりそうです。
「英語が話せたら」と思った瞬間
実際私が英語を話せたらと思ったのは、DV被害にあった外国籍の母親を対応したときでした。パートナーから母親へのDVを子どもに見せてしまったため、心理的虐待となり警察から児相に通告が入ったケースです。子どもに暴力を見せてしまったというのはよくあるケースです。
児相として家庭訪問を実施し、子どもの安全確認と母親との面接を行いました。母親はフィリピン人なのですが、日本語は簡単な会話しかできません。
子どもの安全は目視で確認ができ、母親も感じの良い方で、しっかり子育てに取り組む姿勢が見られました。ですが日本語があまり通じないために、パートナーと何があったのか、現在は接近禁止命令が出ているのか、子どもの困りごとはないかなど、込み入った話をするのが難しいです。
翻訳アプリ等を駆使しながら、何とか聞き取りを行いました。パートナーとは接近禁止命令により距離が取れている、仕事を探しているが子どもを預ける場所が分からないということが判明。パートナーと距離を取れているのは良いですが、児相としては子どもの預け先を何とかしてあげたいところでした。
今度はこちらから話をする番です。市や児相を頼るように伝えたいのですが、これがなかなか伝わりません。翻訳アプリ等を使いながら伝えましたが、いまいち上手く伝わっている気がしませんでした。
最終的に市役所や児相の住所を地図で示し、児相の英語版パンフレットを渡して家庭訪問は終了しました。私のHSPの特性もあり、母親の表情から何となく感情は読み取れました。だけど伝えたいことが伝えられなければ意味がないじゃないかと悔しい思いをしたことをよく覚えています。
英語が話せたらもっと違ったはず、英語が話せたらなと強く思った日でした。もちろん英語以外の外国語を話す方もいますが、英語が話せればかなりの外国人との会話が改善されるはずです。
ただでさえ大変な福祉職に英語力を求めるのは難しいですが、英語が話せるだけで支援の幅が広がり、重宝される人材となるでしょう。
今、英語を学ぶ理由
英語というより、私は昔から外国人との交流に興味がありました。海外の人と話したい、仲良くなりたいと思っていたのです。
けれど大学では福祉の道を選んだため、英語や海外交流などは無縁だと勝手に思い込んでしまったのです。するとどうでしょう、福祉でも外国人との交流はありますし、英語が必要な場面が出てきたではありませんか。
今回の件だけではなく、生活していると英語が使えたらと思う場面はたくさんあります。英語が話せる人材が重宝されるのも分かりますし、自分も話せたらなと思います。
色々な葛藤を経て、私は福祉職を辞めて留学やワーホリに挑戦しています。中高生の時のような英語の勉強ではなく、実際に海外の人と交流しながら楽しく学びたいと思ったのです。
海外に出てきたものの、別に英語が得意だったわけではないので、上手く話せないし聞き取れません。けれど外国人との交流というやりたかったことができたので、非常に充実した日々を過ごしています。
もっと親身に話を聞ける、適切な助言ができるくらいの英語力が身についたら嬉しいです。日々努力が必要ですね。今だから言えますが、福祉の現場でも英語が役立つ場面は必ずありますよ。
👉 「関連記事:HSP社会福祉士の私が、留学・ワーホリに挑戦する理由」

まとめ
福祉の現場には、言葉では説明できない「気持ち」を感じる瞬間がたくさんあります。
とくにHSP気質の私は、表情の曇りや声の揺らぎから、相手が抱えている不安を強く受け取ってしまうことが多くありました。
しかし、あのフィリピン人のお母さんとの面談で痛感したように——
どれだけ“感じ取れる”力があっても、言葉という橋がなければ、支援は届かないことがあるのだと思い知らされました。
だからこそ今、海外で生活しながら英語を学んでいます。
上手く話せない日も、聞き取れなくて落ち込む日もあります。
ですがそれ以上に「もっと英語で話せるようになりたい」という気持ちが、私を前に進ませてくれます。
これからも、繊細さを大切にしながら、言葉というもう一つの力も育てていきたいと思っています。
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少しでも「ラクになれた」と感じてもらえたら嬉しいです。
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