【HSP×海外】外国人同僚が話す日本語が、ちょっと雑で面白かった話
こんにちは、HSP社会福祉士のたくやです。
現在、ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在し、ホテルでハウスキーピングの仕事をしています。
海外の職場で働いていると、
思いがけない形で「日本語」に出会うことがあります。
同僚の中には、
アニメやネットをきっかけに日本語を覚え、
ちょっとした単語を使って話しかけてくれる子たちがいます。
その中には、
正直、日本人からすると
「それ、そんな軽く使う言葉だっけ?」
と思ってしまうような、日本語も混じっています。
でも不思議なことに、
嫌な気持ちになるというより、
どこか「ちょっと雑で、面白いな」と感じてしまう自分がいました。
HSPの私は、
言葉のニュアンスや空気感に敏感な方です。
それでも今回の出来事は、
違和感よりも先に、文化の違いを感じさせてくれました。
この記事では、
外国人同僚が話す日本語を通して感じたことを、
HSPの視点から、ゆるく書いてみようと思います。
👉「関連記事:外国人が喜ぶ日本の話題5選|留学・ワーホリで実感した“鉄板の日本トピック”」

職場で日本語を話してくれる外国人同僚たち
私の職場では様々な国の人が働いています。基本的にコミュニケーションは英語ですが、時折日本語で話しかけてくれる人がいるのです。
アニメや漫画が好きで日本語を覚えた、日本に住んでいた経験がある、恋人が日本人など、理由は様々です。私が日本人なので、敢えて日本語を使ってコミュニケーションを取ろうとしてくれる人もいますね。
カタコトの日本語を話す人もいれば、ほぼネイティブかと思えるくらいきれいな発音の日本語を話す人もいます。特にアニメから日本語を学んでいる人は、キャラのセリフをそのまま真似するのできれいに聞こえます。色んな日本語が聞けてすごく楽しいです。
みんなが日本語を話している姿を見ると、自然と嬉しい気持ちになりますね。
「バカ」「アホ」が飛び交う、雑だけど楽しそうな日本語
ある日、台湾人とベルギー人の子が互いにふざけて悪口を言い合っていました。お互いに良い関係性が築けているからこそ、ふざけてこういった言葉を使用することは日本人でもありますよね。この二人も、お互いに冗談と理解したうえで口論を楽しんでいました。
私は楽しそうだなと思って聞いていたのですが、急に台湾人の子が「バカ、バカ」と言い始めました。するとベルギー人の子が対抗して「アホ」と言い返したのです。私がその場にいたからか、二人とも日本語での言い合いに挑戦し始めたのです。
当然二人とも日本人ではないので、語彙はさほど多くありません。バカより悪い言葉はあるか、死ねよりひどい言葉はあるのか、go to hellは日本語で何というのかなど、たくさん質問されました。
バカとアホはどっちが悪い言葉か、バカ野郎はバカより悪いのかなど、日本人の私でも回答が難しい質問がありましたね。とにかく二人の日本語での言い合いがたくさん見れました。
HSPの私にとって、聞いていたら嫌な気持ちになるはずの言葉ばかりでしたが、今回の件では全くそんな気持ちにはなりませんでした。悪意がないことが分かりきっていますし、二人の楽しそうな様子がこちらに伝わってきていたからですね。
HSPの私が感じた違和感と、なぜか面白かった理由
二人の言い合いを見ていても、不思議と不快な感情は全くありませんでした。大の大人がカタコトの日本語で、子どものような悪口を言い合っている様が、何だかとても面白かったです。日本人同士ではなかなか出ないような空気感でしたね。
私は、言語や文化の違いによってこの面白さが生まれたのではないかと思います。日本語の母語話者ではなく、言葉の意味も完全には理解していないからこそ、雑な言葉が次から次へと飛び出してきていたのです。
雑な日本語をネイティブである私が聞くと、その雑さを理解することができ、非常に面白いと感じるのだと思います。
日本人同士でこのような悪口を言い合えば、それがたとえ冗談であっても嫌な気持ちになる可能性はありますし、そうなればトラブルに発展することもあるでしょう。
HSPの私としては、冗談であってもこうした会話は安心して聞いていられません。言われた方は内心嫌な気持ちなのではないかと深くな考え込んでしまうからです。
ところが外国人の場合、悪口をぶつけ合うということより、慣れない日本語で悪口を話しているという部分に面白さがあるように思うのです。日本語で遊んでいるような感覚に近いですね。
お互いが慣れない言語で話しているので、それほど不快感を感じたり、喧嘩に発展したりすることはないのでしょう。
そのため、HSPの私も安心して見ていられましたし、日本話者としてその面白さを味わうことができました。
言葉が完璧じゃなくても、通じる瞬間がある
今回のように日本語が雑でも、完璧に理解できていなくても、何となく笑えるという場面はよくあります。これは英語でも同様です。
私は英語での会話がまだまだ難しいようなレベルですし、他にも英語が苦手な子は何人かいます。その不完全さが故に、何だか笑えるような会話が生まれることがあるのです。
ネイティブのようになれたらもちろんそれが一番だとは思います。一方で、こうした雑な言葉での交流も、言語学習や国際交流の醍醐味なのかもしれないなと感じるのです。
言葉は完璧じゃなくても何となく伝わります。海外の職場では言葉の正確さよりも、その楽しい空気が重視されていました。
HSPの私にとっては、こうした雰囲気は過ごしやすく安心できます。おかげで英語の間違いを恐れることも減りましたね。
👉「関連記事:英語が通じない日々の中で学んだ“伝わる力”」

まとめ
海外の職場で耳にする日本語は、
日本で使われているそれとは、少し違って聞こえます。
意味よりもノリ、
正しさよりも距離感。
「バカ」や「アホ」といった言葉も、
誰かを傷つけるためではなく、
場を和ませるために、軽く使われていました。
HSPの私は、
言葉の重みや裏側を考えすぎてしまうことがあります。
だからこそ、
この“ちょっと雑な日本語”に戸惑いつつも、
なぜか救われた部分がありました。
完璧な英語が話せなくても、
正しい日本語じゃなくても、
笑い合える瞬間はちゃんと生まれる。
海外で働いていて感じるのは、
言葉そのものよりも、
「どう使われているか」の方が大切だということです。
もし今、
言葉の壁や文化の違いに疲れている人がいたら、
無理に正しく振る舞わなくても大丈夫かもしれません。
少し雑でも、
少し不完全でも、
人と人はちゃんとつながれる。
そんなことを、
外国人同僚の日本語から教えてもらった気がしています。
🌱 繊細さを抱えるあなたへ
少しでも参考になったと感じてもらえたら嬉しいです。
👉「関連記事:優しさは世界共通語だと思う」

